Musicians ギターリスト Y(その1)ほんとうのヒーローはみんなに気づかれない(どころか気持ちわるがられる)
(東京のミュージシャンと電車についてのひとつの思い出)
Yは日頃から電車に乗らない。乗らないというより乗れなかった。
「なんで乗れないの?」と聞くと、「いや~あの車内の空気はどっかおかしいだろう?」と言う。
まぁ、、たしかにね。。わかるよ、、
ぼくは免許を持ってなかったから東京での移動手段は電車しかなかったし、レゲエバンドで必要な2台のキーボードとキーボードスタンドを持って電車でよく移動してたから、ある意味そういうまわりの空気とか目とかにはすでに慣れていた。
慣れなきゃ、ラッシュ時のパンパンにふくれあがった都内の電車にそんな大荷物を持ってのりこむことなんかできないし、露骨にいやな顔をされるのはもちろん、文句を言われることだってある。自然と面の皮も厚くなっていた。
どうやってキーボードを両肩に担いであまり迷惑にならずに電車内に乗り込むかとか、すごいやな顔してるサラリーマンとびた~っと車内で体ごとくっついてるときは「♪ラッシュをつくってるのは、あなたでもぼくでもな~い」というような自作の歌を心の中で歌い続けてると多少気が楽になるとか、いろんなことをいやでもおぼえた。
ふだんはYより引っ込みじあんで気も弱い自分が、電車内の場の空気みたいなものに対しては「まちがってるのは俺じゃない」というふてぶてしい態度になってしまっていた。まるでやせのつっぱりみたいに。
でも、ほんとはストレスになってたんだろう。ずいぶんあとになって40才近くになったころから、気づくと途中で駅のホームに「降りてしまっている」ということがおこるようになった。ある程度以上混んで来ると、気づくと耐えられなくて電車をおりてしまっている。「あぁ東京にいられるのももう長くないかもな」と思ったのはそのころだ。
自分のことばかり書いてしまった。
Yの話。
とにかく、Yは電車にのれなかった。
で、ある日どこかのスタジオに行かなければならない日に、Yの車が故障していたかなんかの理由で、一緒に電車にのって行く事になったときがあった。
駅につくと、Yは、「おい、切符はどこでどうやって買うのだ?」と言った。
切符を買ってかれに一枚渡した。
二人で、車内にのりこむ。
席がうまっていたのでぼくらは立って話をしていた。
しばらくしたら、となりの車両から1人おじさんが歩いて来た。
なにかぶつぶつ言っている。
「◯◯年の甲子園のときのピッチャーは◯◯さんだったけどよ。あんときの審判が悪いんだよ!みんなわかってるのか!」とか叫びながら、よろよろと歩いてくる。
ずーっとひとりでぶつぶつしゃべっている。
ちょっと緊張した車内の空気。
おじさんはやってくると、なんと、びちっとつまってる座席の人と人の間に、ぶつぶついいながら、むりやりこじあけて座ろうとしはじめる。
(うわー、やばいなぁ、、大丈夫かなぁ。。)
すると、むりやり自分のとなりをこじあけようとされたサラリーマンが思わず立ち上がって、「失礼だぞ!」と叫んで、その「へんな」おじさんのことをなぐってしまった。
なぐられてたおれながらもおじさんはまたいろんなことを叫びはじめ、不屈に立ち上がって向かっていこうとしている。
一触即発の雰囲気が車内に立ちこめる。
Yはこういうのがいやだからこそ、電車に乗らなかったのだろうに、、
その瞬間、
Yが、ふら〜っという感じで、そのおじさんに近づいたかと思うと、
「でへへへ、え?なんなの?おじさんさ〜、わかるよわかるよ、ぐふふふふ。その甲子園?どんな話なのよ〜、聞かせてよ〜」
という感じで話しかけると(そのときにYがほんとうに何を言っていたのかはもう覚えてないけどそんなニュアンスだった)おじさんと仲良さそうに肩を組むと、ぼくの方に「おまえ先にスタジオに行っとけ」みたいな目配せをしたと思うと、ちょうど着いてドアが開いた途中駅に、二人で降りて行ってしまった。
おじさんも煙にまかれたようにつられてYと一緒に降りて行く。
確実に彼は、その車内の一触即発の危険な場面をものすごく平和的な解決法で救ったヒーローなのだった。
ぼくは心の底からあらためて彼を尊敬した。
すごいわ、やっぱ!
演奏してるときの彼をいつも尊敬してたぼくにとっては、そうか!やっぱりという感じの感動があった。
ぼくはなんだか自分のことでもないのに鼻高々に車内を見回してみた。
そしたら、ほぼ車内の人全員が、一緒に肩を組んで歩いて行く二人の後ろ姿を、さっきまでへんなおじさんを見てた目つきよりいっそういぶかしげな目つきで見つめていた。
あきらかにYは、へんなおじさんをこえるへんな人としてみんなに見つめられいた。
ありゃ!!そうなの??
そのとき、ぼくは思ったのだった。
ほんとうのヒーローはみんなに気づかれない(どころか気持ちわるがられる)のだなぁ、、
そうして、ぼくは彼に惚れ込んでしまったのである。
(つづく、、たぶん)